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2020/04/22(Wed) 20:00

買ってきたばかりのたまごを

買ってきたばかりのたまごを
落としてしまって、
悲しい気持ちになったことありませんか?


まさかそんな…。っていう
やるせなさが込み上げてきて、
おかしいけど居た堪れなくなったりして。


ずっと大事にしていたネックレスの
チェーンが切れてしまった時の悲しさとは、
またちょっと違うんですよね。


例えばすごく楽しみにしていたテレビ番組を
残業で観られなかった時にも
悲しくなったし、

サボテンが枯れてしまった時にも
やっぱり悲しかったし、

悲しさにも色々あるんだな、って
思います。



生きるうえで
悲しいことから逃れることは
できないのですね。

でも、乗り越えて、
やっていくしかありません。
もしかしたら、
どう乗り越えるかを考えるのが、
生きるということなのかもしれません。






たまごを買い直し、
ネックレスのチェーンを直してもらい、
また地上に出てくることを願いながら
枯れてしまったサボテンを土に埋め供養して、
観そびれたテレビ番組は
友人たちに録画していないか聞いてまわり、
諦めなくちゃいけない事だってあるかもしれません。




悲しい。とか、そんなことを、
いつまでも埒があかないことを、
ずっと考えてしまうクセが
むかーーしからあって、私は
そんな自分が別に嫌いではないのだけれど、
ふと疑問に思ったことがあるんですよね。


臨床心理士が国家資格になり、
新たに公認心理士という国家資格がうまれ、
近年 精神分野が注目されている中で、

心はどこにあるのか。となったときに
心は脳にある。という方たちがいます。
そういった文献を読んだ際、
いつか、心理学が脳科学に
飲み込まれてしまうのではないか、と
不安になったことがありました。
そこで、疑問に思ったんです。


たとえば、
とても大切な人が亡くなったとき、
大好きだった恋人と別れたとき、
心臓の辺りがぐっと掴まれたみたいに
痛くなるのはなぜなのでしょうか。

心が脳にあるというのなら、
どうして痛くなるのが頭ではないのでしょう。
また、埒があかなくなるので、
おわりにしますが、



ちょっとだけ話を戻して、
"悲しむ"ということは、生きていくうえで
とても重要な精神活動であって。
"悲しいのに悲しまない"ということがあると
段階として、次のステップを踏めないのです。


そこにはちゃんとした根拠があるのですが、
また長くなってしまうのでそこは省きます。


とにかく、ペットが可愛い!
それで幸せ。それだけで、幸せ。


今日は20時からいます🧸🎀
コメント(1)

この記事へのコメント

  • 2020/04/22 23:45:56 匿名希望 とても悲しいと思った時、あんなに胸がギュッってなるのは何故なんでしょうか?
    自分も不思議でなりません。
    ただ、悲しいや嬉しい、ツラいや楽しいは両極であるから成り立つのではないでしょうか?
    毎日楽しい事が続いても、いつか飽きるように、上手く陽と陰がローテーションしてくれるのが一番生きてる実感がするのかも知れませんね(о´∀`о)

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